dreamlike occurrence.





<5>





「おれだって楽しみにしてたよ・・・」
冷静さを保とうと意識した声は、とんでもなく低く、くぐもっていたけれど、気付いた崎山は振り返ると、驚きの表情を見せた。
「何やて?」
そうだ!おれはほんとに楽しみだったんだ!
「おれだって優や先輩や・・・あんたに祝ってもらうの楽しみにしてたって!なのにっ―――」
素直になって見ようかなとか、チャンスがあるのなら勇気を出してみようかなんて、想像してはのぼせ上がっていた。
おれを連れ出してくれるのは、おれに対する特別な好意なんじゃないかって、勝手に期待して夢見て・・・
崎山に対するつのる想いが溢れ出そうになって、寸のところで思いとどまった。
考えてみれば、おれの勝手な思い込みなんだ。
だから、もう会わずにいようと決めたんだ。
会って顔を見てしまうと、こんな風にこいつに当たってしまうのはわかってたから。
たったふたつの歳の差だけれど、いつも崎山はおれよりオトナだった。
おそらく恋愛経験だっておれよりは多いに違いないし、ふたりでいても、崎山はおれと同じように騒いでいるようで、どこかしら冷静だった。
からかわれて、大声を張り上げるのはいつのもおれの方で、たまにおれが反撃にでても、さらりとかわされる。

おれは、崎山の都合のいいヤツだったかもしれないけれど、それでも楽しかった。
もし、おれがこいつに友情以上の感情を持たなかったら、きっといい友人になれたと思う。
もし、おれがこいつに友情以上の感情を持ったとしても、ゲイであると知らなかったなら、あんな場面に遭遇しても何とも思わなかったに違いない。
しかし、現実には『もしも』はなくて、おれは、こいつに友情以上の感情を持ってしまい、こいつがゲイだと知っていた。
それはどうしようもないことだ・・・
一緒に楽しく過ごした時間くらい、大事に心にしまっておきたかったから、おれは口をつぐんだ。
おれは今さら崎山に何を言おうとしたんだ?
こないだすっげえかわいいヤツとスタバで会ってたよね?
優のことタイプだって言ってたもんね、よかったね!
もう、おれなんかに用事ないだろ?
どうせおれのこと都合のいいヤツだとしか思ってないだろ?

―――虚しすぎる・・・
ヤツあたりもいいところだ。自分の思い違いを他人のせいにして。
「友樹・・・?」
気がつけは、目の前に崎山がいた。肩膝立てて、おれの前に座り込んで、憐れむようにおれを見ていた。
「ゴメン・・・何でもないから」
オトコは引き際が肝心なんだ。未練なんて情けない。
さっき寸で止めた想いを、心の奥の奥に封じ込める。
でも崎山はそれを許さなかった。
「何でもなくないやろ?前から言うてるやん。言いたいことは言えって。おまえはいっつも肝心なことは心に仕舞いこんでしまうんや。おれに言いたいことあるんやろ?楽しみにしてたのに、急にウソつかなあかんかったワケがあるんやろ?」
肩を掴まれ、揺り動かされた。
「だから、もういい―――」
「よくないやろうがっ!」
一際大きな声が、部屋に響き、おれは心臓が止まるかと思った。
おれは・・・こんな風に怒鳴りつける崎山を・・・初めて見た。
肩に置かれた崎山の手に力がこもった瞬間、おれの上半身は・・・崎山の胸の中にいた。
半ば呆然とするおれの耳元で、聞きなれた関西弁が紡がれる。
「おれは・・・友樹のことは何でも知りたい。さっきはオトナぶって冷静に努めたけど・・・もうあかん」
心地よく響く声に、心が震えた。声にならない何かが、喉まで出かかっては、引っ込んでゆく。
「どんなに考えても思い当たることがないねん。おれはこんなんやし口は悪いけど、人を傷つけるようなことは言わんようにしてきたつもりや。せやけど・・・きっとおれは友樹に何かしたんや。友樹を傷つける何かをな。それやのに、その自覚がないなんて、おれってほんま最低やな。いちばん大事な人にそんな想いさせるやなんて・・・」
震えていた心がピクリと跳ね上がった。今・・・なんて・・・?
「さき―――」
名前を呼ぼうとしたとき、さらに強く抱きしめられた。
そして、おれは・・・・・・我が耳を疑った。
「おれは、友樹が好きや」
ドクドクと身体中の血液が波打つように暴れ回り、心臓はバクバク音を立てた。
もちろん声も出るはずがなく、思考回路もままならない。それでも、崎山の声だけはクリアに響いていた。
「ゲイの人間に告白されて気持ち悪いかもしれん。絶対言わんとこうて思てたよ。嫌がられるくらいやったら友達でいた方がよっぽどマシやし。せやけど、おれはもしかして友樹に好かれてるかもしれんって思い始めて、その思いはどんどん膨らんでおれの誕生日に・・・何となく確信したんや。プレゼントめちゃうれしかったし、何より友樹が祝ってくれたんがうれしかった。せやから、今度はおれが目いっぱい友樹の誕生日祝福してやろって。そこでかっこよく告白するつもりやったのに・・・」
ふっとおれの肩を包みこんでいた腕の力が弛められると、ぬくもりがすうっと消えていった。
「告白以前の問題やんなっ。ごめんな、おれのこと避けてる友樹にこんなこと言うてもしゃあないわな。悪あがきや思て忘れてくれるか?思い違いもええとこやって笑ってくれたらそれでええから。おれってほんまご都合主義やわ。あ〜っ、マジでゴメン・・・はよ、三上と優くんとこ行ったって?」
崎山は立ち上がると、おれの腕を引っ張って立たせてくれた。
「もし、友樹がよかったら・・・今まで通りとは言わんけど、挨拶くらいしたってえな。イヤやったらええから、無視してくれて。あっ、ちょっと待ってや」
突然、玄関へと消えた崎山は、紙袋を抱えて戻ってきた。
「これ・・・プレゼントな。仲直りできる自信あったから、渡そう思って持ってきてん。何拗ねてるねんくらいにしか思ってへんかったし。友樹にと思って買ったんやし、気ぃようもろといて。後はどうにでもしてくれていいから」
受け取らないおれに、ふわりと笑いかけると、ソファの上にそれを置いた。
「ほなな」
笑顔さえ見せて、くるりと背を向けた崎山に、おれはたまらなくなり叫んでいた。









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